JBpress

 

プーチンが狙うのはウクライナの属国化、トランプがロシアの「力による支配」を追認すればそれは「人類の退歩」だ

 

 (舛添 要一:国際政治学者)

 

 

黒海での停戦にそれぞれ合意したロシアとウクライナ。ロシアは制裁緩和などの条件を要求してきた(写真:AP/アフロ)

 3月23〜25日に、サウジアラビアでウクライナ停戦交渉が行われ、黒海における航行の安全確保で合意した。しかし、その内容を見ると、多くの疑問が湧いてくる。これで、公平で恒久的な和平が実現するのであろうか。

 

■ 停戦合意の中身

 リヤドで、アメリカは、ロシア側とウクライナ側と別個に会談を行い、停戦案をとりまとめた。

 合意の内容は、第一に「黒海における安全航行の確保や武力行使の排除、商業船舶の軍事目的使用の禁止」である。第二は、「エネルギー施設への攻撃停止」である。

 第一点については、国連とトルコの仲介で、2022年7月に黒海経由のウクライナからの輸出協定が結ばれた。しかし、ロシアに対する西側の制裁のために、ロシア産食料の輸出ははかどらなかった。そのため、1年後には、ロシアの拒否により、協定は延長されなかった。

 しかし、ウクライナ海軍は安全な航路を確保して、黒海経由の輸出を大きく伸ばすことに成功している。ロシアにとっては、そもそも制裁で食料輸出ができないので、意味がない。

 黒海においては、無人ドローンなどを使ったウウライナ軍によるロシア海軍に対する攻撃があり、海軍基地をクリミア半島のセバストポリからノボシビルスクやアゾフ海へと避難せざるをえなかった。攻撃で破壊された海軍施設の修理などを行う時間ができることは、ロシアにはプラスである。

 第二の点については、ロシアが「エネルギーインフラ」、アメリカが「エネルギーとインフラ」と異なる見解を出していたが、「エネルギー施設」と限定された。これもロシアの主張通りになっている。

 ロシア側の発表によれば、攻撃対象外とする施設は、石油精製所、石油・ガスパイプライン、原子力発電所、燃料貯蔵施設、発電所、水力発電ダムなどである。

 しかし、エネルギー施設への攻撃は依然として続いており、ロシアとウクライナの双方で非難合戦が続いている。どこまで停戦が実行されるかは疑問である。

 攻撃停止は3月18日に発効しており、期間は30日であり、両国が合意すれば延長が可能であるが、停戦違反があれば効力が失われる。

 

■ したたかなロシアの条件闘争

 プーチン政権は、黒海での停戦を履行する条件を打ち出してきた。制裁緩和である。

 具体的には、最も重要なのが、国際送金システム(SWIFT)への復帰要求である。SWIFTは、金融機関どうしの国際的送金を可能にするネットワークである。1973年に本部をベルギーに置いて発足し、200以上の国・地域の1万1000の金融機関を結んでいる。ウクライナ侵攻後、2022年に、制裁としてロシアはこのネットワークから外されている。

 この制裁が発動された結果、ロシア貿易に大きな障壁ができることになり、それは戦争遂行にも影響している。

 さらに、食品と肥料の生産者・輸出業者に対する制裁、貿易に携わるロシア籍船舶の港湾利用制限に対しても、解除を求めてきた。

 これらの要求に対して、トランプは承認する方向である。しかし、SWIFTへの復帰には、G7のメンバーの同意が必要であり、ハードルはかなり高い。プーチンは、トランプが停戦合意を急いでいるのを上手く利用して、条件をせり上げている。もし、プーチンの要求が認められれば、ロシアにとっては大きなプラスになる。

 エネルギー施設への攻撃停止も黒海での停戦も、ロシアにとってマイナスはない。あくまでもトランプの顔を立てるための譲歩であり、この程度の手土産で済むのなら儲けものである。

 ゼレンスキー大統領は、このロシアの動きに不快感と不信感を抱いているが、トランプの支持を失うわけにはいかないので、静かに従っている。ロシアに対しては、条件を付けないで黒海での停戦に応じるように求めた。

 ゼレンスキーは、3月26日には、パリでマクロン仏大統領と会談し、ロシアに対する制裁の継続と強化を訴えた。これを受けて、マクロンは制裁を解除するつもりはないと明言した。

 その後、ウクライナと欧州諸国の首脳会議が開かれた。「ロシア軍がウクライナから撤退しないかぎり、制裁は解除しない」という姿勢を鮮明にし、停戦後の監視などのために部隊を派遣することが検討された。

 

■ 米欧の亀裂が広がる

 ウクライナの頭越しに、トランプがプーチンと停戦交渉を開始したことに、ヨーロッパは驚愕した。ヨーロッパも排除されたからである。そこで、アメリカを信頼できないとして、ヨーロッパは自らの防衛力の強化に乗り出している。マクロンがフランスの核の傘をヨーロッパ全体に広げる意向を示したのも、同じ理由からである。

 さらに今度は、ロシアによる制裁解除要求である。これも、ヨーロッパとしては、マクロンが言うように、受け入れるわけにはいかない。EU委員会は、制裁解除には「ロシア軍のウクライナ侵攻の終結とウクライナ全土からの完全撤退」が必要だという見解を示している。

 今起こっているのは、アメリカとヨーロッパの亀裂の拡大である。

 ウクライナ停戦交渉に加えて、トランプの関税戦略も、ヨーロッパの怒りを買っている。3月26日には、トランプは、アメリカ以外で生産される自動車や主要な自動車部品に4月3日から25%の関税を課す方針を明らかにした。自動車産業は、日本、中国、韓国と同様に、ヨーロッパの主要産業であり、その影響は計り知れない。

 3月12日に、トランプ政権は鉄鋼とアルミニウムに25%の関税を課したが、EUはオートバイやバーボンウイスキーに報復関税を課す方針を固めている。自動車についても、報復すれば、まさに関税戦争になってしまうし、世界経済は収縮してしまう。

 

■ 3つの課題

 完全な停戦に至るには、解決せねばならない課題が山積している。

 第一に、領土の分割である。プーチンは、すでに併合したクリミアに加えて、今占領しているウクライナ東部もロシア領にしようとしている。トランプは、これを容認しそうである。

 しかし、ロシアは、国際法に違反して戦車で他の主権国家を蹂躙したのである。撤退するのが当然であるが、そうでなく、領土を獲得することになれば、それは「力の支配」であり、「法の支配」ではない。人類の退歩である。

 これを許せば、今後、ロシアを真似て、他国を侵略する国が増えていくだろう。

 第二は、ウクライナの安全保障である。ゼレンスキーは、NATO加盟を求めたが、プーチンはそれを絶対に許さない。ウクライナに侵攻したのも、それが理由である。トランプは、プーチンの立場を理解しており、ウクライナのNATO加盟は認めない。

 では、ウクライナの安全は誰が、どういう形で保障するのか。トランプは、それはヨーロッパの仕事だとしており、米軍を派遣する気はない。フランス、ドイツ、イギリスなどが平和維持部隊を派遣すればよいとしているが、それでロシアの侵攻を防ぐことができるのか。

 核兵器を所有する巨大な軍事大国ロシアを牽制するには、アメリカの軍事力が不可欠である。ところが、トランプは、アメリカがNATOの盟主の地位から降りても良いとすら言っている。

 プーチンが狙っているのは、ウクライナの属国化か中立化である。

 第三は、まさにウクライナの政治体制である。プーチンやトランプは、任期が切れても大統領の座にあるゼレンスキーを「独裁者」と呼んでいる。しかし、戦争中で戒厳令下のウクライナで、大統領選が行われないのは憲法に即しても正当である。ロシアは、2024年に3月に、戦争中でも大統領選を行い、プーチンが9割近い得票で5度目の当選を果たしている。

 トランプは、プーチンから、この点を指摘されて、ゼレンスキーを独裁者と呼んだようである。

 ゼレンスキーは、停戦のために必要なら自分は大統領の座を去ると言っており、実際に、その可能性はある。

 そこで、問題は公正な選挙が行われて、次の指導者が決まるかどうかである。ロシアは、2014年にクリミア半島を独立させたときのように、様々な工作を行って、傀儡政権を作ろうとするであろう。その工作が成功すれば、ウクライナの独立は風前の灯火となる。

 停戦までの道のりは険しいと言わざるをえない。

舛添 要一

 

 

もどる