マネジメント

 

「経験豊富でもナメられる上司」と、「経験が浅くても信頼される上司」の決定的な違い

 

 

現場での実務経験を積まないとリーダーは務まらないという間違った定説が流布しているように思えてならない。むしろ、実務経験、現場経験のないリーダーこそが発揮できるリーダーシップ手法がある。(モチベーションファクター代表取締役 山口 博)

 

現場経験がないとリーダーは務まらないのか!?

「十分に実務経験を積まないとリーダーは務まらない」「自社の現場を知らない転職者がプロパー社員相手にリーダーシップを発揮できるわけがない」……と考えている人が少なくない。

 従って、「経験が足りないので、管理職登用を辞退したい」と思う人が出てくるし、転職者とプロパー社員との断絶が起きている組織もある。実務や現場の経験がないと、本当にリーダーが務まらないのだろうか。

私はそうは思わない。反対に、実務経験や現場経験が、十全なリーダーシップの発揮を妨げているケースは山ほどある。むしろ、その業務を経験していない人の方が、リーダーシップを発揮できることもよくある。

 異なる業界での経営手腕を買われて組織のトップに就任する、いわゆるプロ経営者は、その組織の実務や現場を知らないリーダーとして成功している一例だ。では、現場経験のない人は、どのようにリーダーシップを発揮すればいいのだろうか。

 

経験がリーダーシップ発揮の妨げになることも

リーダーシップ手法は、大きく捉えると2つに分けることができる。トップダウン型とボトムアップ型だ。

 トップダウン型リーダーシップでは、リーダーが指示、命令、助言を行い、メンバーはそれに従い実行、報告する。一方、ボトムアップ型リーダーシップでは、リーダーはメンバーに質問し、メンバーの考えを引き出し、メンバーに主体的に行動させる。

 今日、メンバーの価値観が多様化し、一律の指示の効果が低下している。情報の共有化が進み、誰もが情報にアクセスできるようになり、リーダーの持っている情報だけでは的確な判断ができない状況に直面している。環境変化が加速し、刻一刻と変わる現場の状況をリーダーが吸い上げる必要性が高まっている。

メンバーの多様な考えや情報を引き出し、現場の状況を把握する、ボトムアップ型リーダーシップの重要性が増しているのだ。

 企業によっては、安全管理、法令順守、緊急対応はトップダウン型、それら以外の全てのビジネス行動や意思決定はボトムアップ型リーダーシップで運営するほどに、ボトムアップを多用している企業もある。

 ここで注目すべきことは、トップダウン型で指示、命令、助言を行う場合は、リーダーの実務経験や現場経験が役立つが、ボトムアップ型のリーダーシップを発揮する場合は、リーダーの経験は役立たないどころか、そのリーダーシップの発揮を台無しにしてしまうことが実に多いということだ。

 

実務経験のないリーダーこそが発揮しやすいリーダーシップ手法

リーダーシップの発揮力を高めるためには、トップダウンを発揮しているときにはトップダウンに徹する、ボトムアップを発揮しているときにはボトムアップに徹することが、最も重要だ。

 トップダウンの指示、命令、助言をしているときに、中途半端にメンバーの考えを聞いてしまえば、その途端に指示の徹底力を削いでしまう。ボトムアップでメンバーの意向を引き出しているときに、良かれと思ったとしても助言をしてしまえば、その時点でメンバーは受け身になり、主体的行動を誘発することができなくなる。

 繰り返すが、トップダウンの指示、命令、助言には、リーダーの実務経験や現場経験が役立つ。しかし、質問によりメンバーや現場の状況を引き出すボトムアップ型リーダーシップには、指示、命令、助言を混在させてはいけないのだ。

 私は20年来、さまざまな企業の役員、管理職とボトムアップ型リーダーシップの動作と話法の発揮力を高める演習プログラムを実施してきているが、ボトムアップ型リーダーシップがうまく発揮できない人は、この2つを混在させてしまっているケースが本当に多い。

 実務経験や現場経験が豊富なリーダーは、トップダウン型リーダーシップの優れた発揮者といえる。

 しかし、ひとたびボトムアップ型リーダーシップを発揮しようとしたときに、質問の合間に助言を挟み込んでしまうことが多いのだ。逆に、実務経験や現場経験のないリーダーは、そもそも助言できることがないので、質問によりメンバーの意向や考えを引き出すことに集中できて、ボトムアップ型リーダーシップの効果を極大化することができている。

 

ボトムアップ型リーダーシップを台無しにするNGワードとは?

具体的な話法事例をみてみよう。

 メンバーの意欲と能動性を高めて巻き込むことができるボトムアップ型リーダーシップの基本話法に、巻き込み5質問がある。

 リーダーはメンバーに対して、指示、命令、助言を差し込まないで、「やってみてどうでしたか?」「うまくいったことは?」「うまくいかなかったことは?」「改善したいことは?」「サポートを得たいことは?」と質問し、メンバーからへの返答をありのままに受け止め、ポジティブにリアクションする。

 メンバーの返答に対して同意できなかったとしても、内容に関してネガティブにリアクションするのではなく、「考えを聞かせてくれてありがとう」というように、返答してくれたこと自体に対してポジティブに応える。

この巻き込み5質問のやりとりの途中で、経験豊富なリーダーは、自身の経験に基づいて、指示、命令、助言をしてしまったり、指摘や追究をしてしまったりする。これらを実施した途端に、また時には実施しなかったとしても、表情や口調に気配を漂わせた途端に、相手を受動的にさせ、能動性を損ない、相手の意欲を低下させてしまう。

 実務経験、現場経験の長いリーダーは、経験を有しているからこそ、指示、命令、助言、指摘、追究の材料を持っている。ゆえに、それらを途中で差し込んでしまい、ボトムアップを頓挫させてしまうことが実に多い。以下の表はその一例だ。

ボトムアップの巻き込み5質問とリアクション(例)

どれほど経験豊かなリーダーであっても、ボトムアップ型リーダーシップを発揮するときには、その経験をおくびにも出さずに、質問とポジティブなリアクションに徹することが、リーダーシップ発揮の効果を高めるカギだ。経験のないリーダーこそ、今日、重要性が増している、ボトムアップ型リーダーシップの優れた発揮者になる素養を持っているのだ。

 

 

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