健康
脳が活性化し、幸福感と肯定感が高まる…
脳医学者がお勧めする「老後の趣味」とは?
瀧 靖之:東北大学加齢医学研究所 臨床加齢医学研究分野 スマート・ エイジング学際重点研究センター センター長
笹井恵里子:ジャーナリスト
東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授によると、脳萎縮を抑えるため、また脳を活性化させるため「趣味」を持つことがお勧めだといいます。ではどんな「趣味」を持てばいいのか、ジャーナリストの笹井恵里子さんが聞きました。(東北大学加齢医学研究所教授 瀧 靖之、ジャーナリスト 笹井恵里子)
好奇心が強い人は脳の萎縮を抑えられる
認知症とは認知機能が低下していき、社会生活が送れなくなる状態です。そういうふうになりたくないと、脳に良いことを聞けば、熱心にそれに取り組む人が多いでしょう。ですが認知症になったら全てが終わりというわけではありません。検査では「健常」と「認知症」という明確な境界があるものの、生物学的にはその二つは連続していると考えられます。
ということは、これまで脳には可塑性(変化する力)があるとお伝えしてきましたが、たとえ認知症になっても、場合によってはある程度は症状の増悪を抑えることも期待できるのです。
ただし年を取ると存在している脳神経の細胞数が少なくなるため、その分、そこから変化する力もおそらく小さくなるのではないかと思います。それでも誰かと会話をしたり、楽器を楽しむなど、興味を持てることに取り組むことで認知機能の低下を抑制できるでしょう。
そして、より若いうちに「知的好奇心」を持ってさまざまなことに取り組むと、より脳の健康が維持されます。知的好奇心とは、見たい、聞きたい、知りたい、行きたい、やりたいなどいろいろなことに興味関心を持つ、いつもワクワクときめいている状態です。実際に好奇心が強い人は、脳の萎縮を抑えられることがわかっています。
第2回では、脳萎縮を抑えるため、また脳を活性化させるため「趣味」を持つことを勧めました。ではどんな趣味を持つとよいのか。
受動的なものより能動的なものが望ましい
趣味はどのようなものでもいいのですが、可能ならば受動的なものより能動的なものが望ましいです。
例えば音楽鑑賞より楽器演奏、スポーツ観戦よりもスポーツをする、ガーデニングや料理、囲碁など何でもいいので、自分が積極的に関われるもの、好奇心をくすぐられるものを見つけましょう。また前向きに趣味などに取り組むことで、逆に好奇心も高まっていくといわれています。
しかし、自分には好奇心もないし、趣味も見つからないと思う方もいるかもしれません。
それはなかなか落ち着いて考える時間がないから、思い当たらないという面が多分にあるように思います。子どものころは誰しも自分の心を動かすものがあったはずなのですが、大人になって忙しくなると忘れてしまうのですよね。けれども忘れているだけで、好奇心を失っているわけではないと思います。
趣味が見つからないなら「何をしている時が一番幸せか」を考えて
心を動かされることが何も思い浮かばない方は、少し視点を変えて「何をしている時が一番幸せか」を考えてみましょう。
私自身は美しさを追求している時に幸せを感じます。絵を見る、音楽を聴くなどはもちろん、昆虫や貝、蝶などの自然や生きものの美しさに触れたり、建築物や車のデザインを見たり、整った文章を読んだりするのも好きです。美しさを求める心が、外に出かける、また自ら楽器を弾く、昆虫を採集するといった行動にも結びつきます。
幸せを感じる時間は、誰かと話している時が楽しいという人もいれば、散歩をしている時、文章を書いている時など人それぞれ違うでしょう。今現在、幸せを感じる時間がないなら、過去はどうでしょうか。昔取り組んでいたことを再開したり、憧れていたことに挑戦したりするのもいいですね。
人が幸せを感じる、主観的幸福感(主観的な生活の評価や幸福感)を高めるのに、ノスタルジー(過去を振り返って懐かしむこと)がひとつの重要な要素になります。
ですから子どものころに昆虫採集が好きだった人が大人になってやらなくなってしまったけれども、何十年かを経て再開した場合――新たな趣味を持ったことになり、ノスタルジーによる幸せも感じ、好奇心も高まって脳に二重、三重によいといえるでしょう。
そして、ただ自分が幸せを感じることを追求してもいいのですが、せっかくですからそれを老後のビジネスとして突き詰めて考えることもお勧めです。
自分が夢中になれることに過去の経験を組み合わせてみる
簡単に思いつくのは、昆虫採集が趣味なら博物館をつくる、ピアノが好きな人なら誰かに教えたりコンサートを開いたりするような形ですね。でも今の時代は全てのビジネス領域が成熟し、ライバルがたくさんいます。ちょっとしたお金を得ることはできても、それで生活を維持するとなると、確かに簡単なことではありません。
そこで自分が幸せを感じて夢中になれることに、ご自身がこれまで培ってきたものや、ノスタルジーを組み合わせてビジネス展開するのも一案です。
例えば、音楽が得意な人なら「ただのピアノの先生」ではなく、「特定の曲を教える先生」になる。具体的には「今の大人が子どものころに好きだった曲」を教えられる先生になる、もしくは「今、はやりの曲」を弾ける人になるなど取り組みを限定すれば、オンリーワンまではいかなくても、競争相手が絞られるのではないでしょうか。
実際、子どものころにピアノを習っていた人が、大人になってもう一度弾きたいと思う時は、レッスンを受けるというより、自分の好きな曲を弾きたいという人が多いでしょう。自分の強みを生かし、世の中のニーズに応えられるものを考えるのです。
そうすれば、あくまで例えですが「音楽」だけの要素では競争相手が100万人であっても、そこにノスタルジーなど、3つくらいを掛け合わせていくことで、ライバルは1000人ぐらいまで減るかもしれません。レッドオーシャン(競争が激しい既存市場)からブルーオーシャン(競争相手が少ない新しい市場)になるわけです。
このように自分が幸せを感じること、好奇心を刺激されるものを見つけ、そこから過去の経験、ノスタルジーなどを組み合わせて「ビジネスモデル」を考案してみてください。
もしかすると無償のほうが尊いことのように感じるかもしれませんが、必ずしもそうではないと思います。お金を得ることは、感謝の対価だといわれています。自分の強みを生かして社会に還元し、その対価として金銭を得る。それは人や社会に役立つことで、また自分自身の社会的交流になり、主観的幸福感を高めることでもあります。全く悪いことではなく、むしろ積極的にお金を得ることもよいと思います。
人に話すことで自分の人生を より肯定的に見られる
自分の強みを探る、深めていくことは、これまでの自分の人生を振り返ることにもなります。できればそこで、誰かに「以前こんなことがあって……」と自分の人生を話すといいでしょう。これを「ストーリーテリング」といいます。
『The Power of Meaning: Crafting a Life That Matters』 (Emily Esfahani Smith著)という本に紹介されているのですが、自分の人生をいろいろな人に話すことで、どうやって今の自分になったか、何度も振り返るきっかけになるというのです。すると楽しいことも苦しいこともいろいろ経験してきた今の自分の人生を、より肯定的に見られるようになるといわれています。
新しい年の始まり、これまでの人生を自分の中で消化し、より幸福感や肯定感を高めるとともに、前回お話ししたようにスモールステップで何かにチャレンジしていきたいですね。
どんな人でもこれから英会話だってできるように、楽器だって弾けるようになります。初めは小さな小さな一歩から、でも半年後には見違えるような自分になっているはずです。