マネジメント
「超一流」の流儀
イーロン・マスクとスティーブ・ジョブズ「共通の口グセ」がエゲツなくて涙目になる
小倉健一:イトモス研究所所長
世界一の富豪にして、トランプ米大統領の側近。スペースXの創業者でテスラCEOでもあるイーロン・マスクには、数々の伝説がある。人を人とも思わない容赦ない振る舞いは部下たちを震え上がらせ、幹部社員らの離反も招いてきた。名経営者にとって「怒り」は必須要素なのだろうか? マスクの事例をもとに考えてみよう。(イトモス研究所所長 小倉健一)
マスクとジョブズの「共通の口グセ」
「これほどアホな話は聞いたことがないぞ」(That’s the dumbest thing I’ve ever heard)
イーロン・マスクやスティーブ・ジョブズは、口癖のようにこういった言葉を使っていたという。世界の最先端を走り続けた両経営が好んで使った荒っぽい表現の裏には、急成長を続ける会社にとってのっぴきならない事情があったようだ。今回は、イーロン・マスクのリーダーシップについて掘り下げたい。
イーロン・マスクは、世界一の大富豪であり、アメリカを代表する実業家である。略歴を本当に簡単に紹介するに留めるが、それでも少し長くなる。
1995年、大学を中退して、新聞社向けインターネットサービス開発「Zip2」設立。1999年に約3億700万ドル(約467億円)でコンパックが買収
1999年、オンライン銀行X.com設立(後の世界的決済サービス「PayPal」)
2002年、eBayがPayPalを約15億ドル(約2280億円)で買収
2002年、民間宇宙開発事業「スペースX」設立。2008年、ファルコン1ロケット打ち上げ成功。2020年、民間企業として初の有人宇宙飛行成功
2004年、電気自動車メーカー「テスラ」に投資、2008年にCEO就任。2012年にモデルS、2017年にモデル3発売
2022年、Twitterを約440億ドル(約6兆7019億円)で買収し、「X」に改名
※ドル円の換算はいずれも現在の為替レートに準拠
2022年にドナルド・トランプの凍結されていた「Xアカウント」を復活させた際、マスクは「私は、別にトランプのファンじゃありませんので。なにかと騒動ばかり起こしますし。たわごと選手権の世界チャンピオンですからね」(ウォルター・アイザックソン著『イーロン・マスク』)と述べていた。ところが、昨年の大統領選挙ではトランプを強烈に支援した。
ビル・ゲイツの意外なマスク評
マスクは「America PAC」という政治活動委員会を設立し、少なくとも1億3000万ドル(198億円)以上をトランプ支援に投じている。この政治資金は、ペンシルべニア州やウィスコンシン州などの重要なスイングステートでの戸別訪問、メール、電話、郵便物、広告に使われた。
彼のビジネスリーダーとしての手法は「オールイン」(すべて入れる)と呼ばれている。マスクは人類に貢献するために、持ち得るすべてのお金と能力を会社に注ぎ込んできた。
世界人類への貢献を真剣に考える一方で、慈善活動にはほとんど興味を示してこなかった。エネルギーの持続可能性や宇宙開発、人工知能の安全性などを全力で推し進めるのが一番の人類への貢献だと考えているのだ。
慈善活動に打ち込むマイクロソフトのビル・ゲイツが、そんなマスクに慈善活動を持ちかけたこともあった。マスクは、慈善活動への寄付など「1ドルにつき20セント(全体の20%)しか有効に使われない」と考えており、合意には至らなかった。
しかし、それでもビル・ゲイツは「イーロンの言動についてあれこれ思うのは勝手ですが、科学とイノベーションの限界を彼ほど広げている人物は、この時代、ほかにいませんよ」(前掲書)と高い評価をしている。
そう。マスクほど、おのれと、おのれの会社の成長の限界に挑戦し続けている経営者はいないだろう。マスクの考えに従えば、目の前の怠けている人に優しい言葉をかけることは、目の前にいないけれど真面目に頑張っている人を中傷していることに等しいということになる。
テスラCEOとなり、電気自動車製造工場を、ゼロからつくりなおしているときのことだ。マスクは自分が工場の現場に入って、総力戦を行うことにした。自分の信念を貫き、自分の信念についてきてくれる仲間と、1日24時間、週7日、泊まり込みで現場に身を投じるのだ。マスクに言わせれば「正気の限界ぎりぎりって感じ」だったらしい。
同書によれば、こんな痺れるやりとりもあった。
「お前はバカ野郎だな」マスクがキレたワケ
あるとき、バッテリーに冷却管を取り付けるロボットのアームに不具合が起こった。マスクは11カ月休みなく働いていた若い技術者に対して、不具合の原因を「おまえか?」と問い詰めた。
しどろもどろになる技術者に、マスクは冷たく言い放つ。
「お前はばかやろうだな。出てけ。戻ってくんな」
数分後、このスタッフはマスクの指示を受けた上司に解雇を告げられたという。
目の前の怠けている人よりも、自分の仕事をきちんとこなしている人を大切にしただけだとマスクは強調するが、こんなことをして本当に現場は回っていくのだろうか。誠心誠意仕事をしていたものの、マスクのあまりの乱暴な言葉で、マスクのもとを離れることになったマイケル・マークスはマスクのテスラCEOとしての働きぶりをこう評している。
《生産工程のすべてを掌握すべきとしたマスクの考えは正しかったと、マークスもいまは考えている。だがマスクの本質に対する疑問にはまだ答えが出せずにいる。必ずオールインしてしまう気性だからあそこまで成功したわけだが、あのひどい言動はすべてその気性から来るものなのか関係ないのか、だ》
《「マスクはスティーブ・ジョブズと同じタイプだと思っているんです。とにかくクソなヤツはいるものだ、と。ところが、ふたりともすごい成果をあげています。で、つい、考えてしまうわけです。『もしかして、あの性格と成果はセットなのか?』と」》
《セットであればマスクの言動は許されるのかと突っ込んでみた。「これほどの業績に対して世界が払わなければならない対価が、くそ野郎でなければ達成できないのであれば、そうですね、たぶん、それだけの価値はあると言えるのではないでしょうか。私はそう思うようになりました」》
《ちょっと考えて、一言追加が出てきた。「でも私自身がああなりたいとは思いませんね」》
(ウォルター・アイザックソン著『イーロン・マスク』)ブチギレてばかりのリーダーでこそ、成長を果たせるのだろうか。そんなことを研究した面白い研究がある。
「怒れるリーダー」と「穏やかなリーダー」の決定的な違い
『怒れるリーダーと好感の持てるフォロワーについて:リーダーの感情とフォロワーの性格がモチベーションとチームパフォーマンスをどのように形成するか』(2010年、Psychological Science掲載)の研究によると、リーダーの怒りが協調性の低い(競争を好み、対立を恐れず、成果を最優先する)チームのパフォーマンスを向上させることが示された。
実験では144名の参加者を36のチームに分け、リーダーが怒りを示す条件と幸福を示す条件で比較した。結果は明確であった。協調性の低いチームでは、怒りを示すリーダーのもとでパフォーマンススコアが47616点から24446点の範囲で推移し、怒りを示さないリーダーのチームよりも平均で高い数値を記録した。
一方、協調性の高い(調和を重視し、対立を避け、協力して成果を出す)チームでは、幸福を示すリーダーのもとでのスコアが向上し、リーダーの怒りが逆効果であることが確認された。
研究では、リーダーの怒りが仕事負荷に与える影響についても分析された。協調性の高いフォロワーは、怒りを示すリーダーのもとで仕事の負担が増大し、ストレスを感じやすくなった。
統計的な分析の結果、ストレスの増加がパフォーマンス低下の媒介変数となることが明らかになった。つまり、チームの特性を理解し、適切なリーダーシップスタイルを選択することが企業の成長にとって重要だ。
スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクは、リーダーの怒りが企業成長に与える影響を体現してきた。
ジョブズはアップルの創業者として製品の細部にまでこだわり、部下のミスに対して容赦のない批判を行った。「この仕事はクソだ」「お前は何も分かっていない」といった強い言葉を使いながら、部下に最高の結果を求めた。
社内ではジョブズの怒りが恐れられていたが、結果として革命的な製品が次々と生まれた。初代iPhoneの開発時には、何度もデザインや機能の変更を求め、エンジニアに徹夜を強いた。厳しい環境の中で、低協調性の人材が能力を最大限に発揮し、アップルは世界的な企業へと成長した。
イーロン・マスクも同様の手法を用いた。テスラやスペースXでは、非情なまでに高い基準を設定し、部下の仕事ぶりに厳しく対応してきた。エンジニアやマネージャーに対して「能力が足りないなら辞めろ」「お前の考えはバカげている」と公然と批判することもあった。
スペースXのロケット開発では、失敗が続いた際にチームを強く叱責し、限界まで追い込んだ。最終的にロケットは成功し、宇宙産業に革命を起こした。マスクの怒りがチームに強烈なプレッシャーを与え、優れた成果を生み出す原動力となった。
ジョブズやマスクの事例と研究結果は一致している。協調性の低いフォロワーは怒りを示すリーダーのもとで最大限の能力を発揮し、画期的な成果を上げることが可能となる。競争の激しい業界、特にテクノロジーやスタートアップの分野では、リーダーの怒りが企業の成長を加速させる要因となる。
感情のコントロールは重要だが、リーダーが必要な場面で怒りを示し、厳しい要求を突きつけること、時として企業の成功につながることもあるのだろう。