Financial Times

 

バイデン氏の悲劇的な引き際 遺産はトランプ氏復帰


USナショナル・エディター エドワード・ルース

 


ギリシャ悲劇の神髄が自身の弱みのせいで落ちぶれる英雄にあるなら、米大統領を務めたバイデン氏は主役にふさわしい。

米大統領選の後、大統領執務室で会談するトランプ氏とバイデン氏=ロイター

 

(2020年の米大統領選で)現職のトランプ氏を負かし、ロシアと張り合い、クリントン政権やオバマ政権よりも多くの改革を成し遂げたうえ、堅調な経済を次に引き継ぐ。

バイデン氏は米国の左派だけでなく多くの人にとって英雄となった。だが、成果の大半はもうかき消されてしまうだろう。

彼はトランプ氏の返り咲きという遺産を残す。後は野となれ山となれ。そうなったのは、自業自得の部分が大きい。

ギリシャ悲劇の主人公は、うぬぼれという欠点を持つ。バイデン氏は1月上旬、再出馬を断念しなければ24年の大統領選で勝てたはずだと語った。

実際には24年6月時点でバイデン氏に2期目を務めるだけの認知能力があるとみなしたのは米国民のわずか27%だった。

むしろトランプ氏が差を大きく広げて勝利した可能性の方が高いだろう。民主党のハリス候補にいかなる非があったとしても、トランプ氏との得票差は1.5ポイント程度にとどまった。

バイデン氏の能力の衰えを隠す試みがあったことに関しては、まだ多くが報道されていない。記者会見など原稿なしで話す機会を避けられるように配慮されていたものの、認知機能の低下は公然の秘密だった。

バイデン氏の家族や長年の側近に責任の一端がある。メディアの失敗でもあった。事実を明らかにしようとした希少なジャーナリストは取材を阻まれたり、リベラルなソーシャルメディアでたたかれたりするリスクにさらされた。

最終的な責任はバイデン氏本人にある。ポスト・トランプ時代への「橋渡し役」として1期だけ務めるという約束をほごにしなければ、民主党にはハリス氏より有力な候補を擁立する時間的な余裕があっただろう。

バイデン氏の経済政策の中で不人気なものから距離を置ける候補を選べたはずだ。そうならずに、人の輪から外れたバイデン氏と国民感情の間に隔たりが生まれてしまった。

 

国民から厳しい評価

確かに24年11月の世論調査では、ニュースに最も関心の強い有権者層がハリス氏の躍進を支えた。一方のトランプ氏は、人種、所得、性別を問わず、情報に乏しい層への食い込みで圧倒的な差をつけた。

1950年代に民主党の大統領候補として2度落選した故アドレー・スティーブンソン氏は「道理のわかる米国人は皆あなたの味方だ」と支持者から声をかけられた時、「そうだろうが、過半数からの支持が必要なのだ」と冗談交じりに返したという。

政治的な力学が公平に働くと言う者などいない。バイデン氏は新型コロナウイルス禍の後、米国経済を他の主要国より力強く立ち直らせた。

それにもかかわらず、懐古趣味の国民はトランプ氏をコロナ禍前の時代と結びつけた。インフレはバイデン氏のせいにされ、実際に同氏の景気刺激策によって物価高が加速した。

他の面が好ましく評価されることもなかった。米調査会社ギャラップが1月に発表した世論調査では、経済、連邦政府債務、移民、所得格差、米国の国際的地位、犯罪という6つの項目について、バイデン政権下で情勢が悪化したという回答が大半を占めた。

過半数がバイデン政権下での前進を認めた唯一の項目は「ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーの人々にとっての状況」だった。バイデン政権のナラティブ(組織が広めようとしているストーリー)とリーダーシップの力不足をこれほど浮き彫りにするデータは他にないだろう。

バイデン氏は24年7月に再出馬を断念するまで、トランプ氏が民主主義に対する脅威だと強調し続けていた。だがバイデン陣営のメンバーはその何カ月も前から、有権者の関心事項のトップ5に民主主義が入っていないことを認識していた。

バイデン氏がギリシャ悲劇のような結末を迎えたのは、欠点と美徳を兼ね備えているからだ。彼という人物の悲劇には、高潔さとうぬぼれの両方が存在している。

 

高潔さとうぬぼれ兼ね備えた人物

バイデン氏は副大統領時代、資産額が推定50万ドル(約7800万円)前後とされていた。約50年間公務に就いている中で、そのような金額は微々たるものだ。情報をきちんと仕入れている米国民は誰も、バイデン氏が腐敗していると思わない。

ただバイデン氏は、息子のハンター氏が薬物依存に陥り、家族の知名度を利用してひともうけしようとしたことに目をつぶった。そう甘やかしたがために、高い代償を払う羽目になった。バイデン氏はシェイクスピアの悲劇「オセロ」さながらに、賢明な形ではなく、あまりに深く愛した。

ウクライナ人はバイデン氏を好意的に記憶するだろうが、パレスチナ人は違う。パレスチナ自治区ガザでは、民間人の犠牲者数が近年で最悪となり、バイデン政権によって米国から供給された弾薬が大量に降った。

バイデン氏自身は、さらなる人命喪失と中東全土での戦争を食い止めるべく、気高い行動に出たのだと信じている。

ロシアのプーチン大統領の軍事資源を全てウクライナに注ぎ込ませ、シリアのアサド政権崩壊に貢献したともいえるかもしれない。

それでもグローバルサウス(新興・途上国)の大半には、自ら約束したはずの価値基準を放棄した人物という印象を与えた。これらの国々でトランプ氏もバイデン氏も本質的な違いがないと受け止められていることは、何よりも厳しい審判かもしれない。

バイデン氏は4年前「闇ではなく、光の味方」になると約束した。本心からの言葉だった。バイデン氏がトランプ氏に表舞台を譲るにあたり何を思うのかは、本人しか知る由もない。

 

 

もどる