直言

 

モノ言う部下は大歓迎 森保一・サッカー日本代表監督

 

 

ワールドカップ(W杯)優勝という大きな目標を掲げるサッカー日本代表の森保一監督はアジア予選を順調に勝ち進み、自身2度目のW杯出場に王手をかけている。欧州最先端の知見とプレー水準を身につけた選手たちを引き連れて。就任8年目の代表監督が実践する、「できる部下」を働かせる秘訣とは。

現代の日本代表の状況は托卵(たくらん)に似ている。担い手のヒナは本場の欧州に預けられて育つ。大成した成鳥を預け返された日本のスタッフ陣が、チームに仕立てる。

――三笘薫(ブライトン、イングランド)ら日本選手の活躍がめざましい。欧州でひとかどの選手になっても日本代表では定位置が約束されないほど。まとめる監督には苦労も多いのでは。

「私自身は実は、一番楽なところをやらせてもらっていると思っている。出来上がったプロの選手を、預かる立場なので。(選手のステータス向上は)本人の努力はもちろん、日本サッカーを取り巻く環境すべてが成長し、発展した証し。(初めから選手育成を委ねたわけではなく)育成に携わる日本の指導者のレベルが上がり、世界に羽ばたく土台作りが国内でできたからこそだと思う」

「いまの日本代表の選手は、世界選抜のような欧州クラブの激しく厳しい競争を勝ち抜いて、ポジションをつかんでピッチに立っている。ブラジルやアルゼンチンなど世界トップの選手も押しのけて、外国人枠をつかみ、多くの日本人が評価されている。そのことが代表の強化にプラスになっていて、彼らが(日本代表に)持ち帰るものは当然、大きな価値がある」

――日本の外で学び、育ったメンバーがこれだけ多くなると、さながら多国籍の外国人部隊をまとめる業務かのようだ。

「コーチングスタッフの中で、海外でプレー経験があるのは名波浩、長谷部誠両コーチだけ。いうなれば我々は国内組指導陣です。(欧州クラブの進歩的な戦術や練習法など)やっぱり知らないことは、知らない。世界と対峙したときに知ったかぶりをして、選手が持っている力を半減させたり、コーチする側が世界のことを理解できていないせいで日本が勝つ可能性を下げたりするのは、いちばんもったいない」

「戦術の練習中に違和感があれば言ってくる選手もいるし、『所属先ではこういう戦い方をしている』と提言してくれることも普段からある。私としては、まず選手をどう組み合わせて生かすかを考えて戦術を準備するが、実際の試合に向かう過程でそれは変わってもいいと思っている。監督としての考えは持ちつつ、(選手の提案を取り入れて)変えられるものは変えていく」

かつて日本代表は外国人監督にコーチングされて強くなった。だが、森保氏は選手の群れを促し、背中を押す「まとめ役」として、協業でチームの価値を高めようとする。

――監督主導の組織づくりに、こだわらない?

「監督としてのプライドにとらわれて、選手の進言を拒絶するようなことはやめて、よりよいものをつくっていくことにプライドを持つ。学ぶプライドでもって、選手から世界の価値観をいただく。欧州に散らばった選手から多種多様な戦術のことを聞けるのは楽しいし、気になったことを自分から選手に尋ねることも自分はいとわない」

「グローバルスタンダードを選手から学び、吸収しながら、日本の価値観や特長、例えば敏しょう性や勤勉さといったものとミックスする。ただしその際は、日本の良さや常識を動かぬ前提とは考えないように。世界基準を踏まえて日本の良さを載せる。そうやって日本代表としての最大値をアウトプットしていきたい」

1年前、選手の一人が「監督は有効な戦術やプレーの選択を、選手へもっと提示してほしい」といった声を上げ、波紋を呼んだ。

――24年アジア・カップ(準々決勝敗退)の後、守田英正(スポルティング、ポルトガル)が「もっと指示がほしい」と訴えた。所属先クラブならより高水準の提示がある、という物足りなさゆえかもしれない。選手の質が上がれば要求も増え、従順な部下のままではいてくれない。なぜ俺を差し置いてレベルの低いリーグに所属する選手を使うんだ、との不満も出てくるのでは。

「代表選手は、野球で例えれば全員が『エースで四番』。強くなりたい、勝ちたい、成果を出したいという突き抜けた向上心をたぎらせた選手ばかり。一家言を持っているし、『俺はこのポジションで出たい』と私へストレートに疑問をぶつけてくることもある」

「チーム内の序列や試合の目的、起用の理由は伝え、できる限りの説明は尽くす。選手も納得はしないまでも話は聞いてくれる。ほとんどの選手には満たされる環境を与えてあげられないが、メンタルに気を配って寄り添い、ここ(代表)にいる価値はあると伝えている。刺激や学びがあり、経験を積めるはずだ、と」

――今は企業でも上司と部下の間で対話が奨励される。だが、戦術面にまで口を出す「エースで四番」たちの存在は疎ましくないか。

「問題ない。むしろ、そういう選手がいてくれないと困る。選手にはとがったままでいてほしい。『俺が一番』『俺が王様』と、とがった個性を持った選手たちがチームのため、日本のために戦うのが理想。最初からなれ合いのグループになって、仲良くなるのが最優先になってしまってはメリットが何もない」

「どうやってチームをまとめるかという問いへの答えは、至ってシンプル。W杯で優勝したい、世界一になるという共通の目標があるから、目先の試合の先を見据えてチャレンジしないといけない。監督が目標と現在地を伝え続ければ、チームはその距離を埋めようと主体的に自走していく」

「今の選手はバランスがいい。自己主張はするけれど、試合になればチームのために戦ってくれる。紅白戦で2チームに分け、一方が試合に出ると感付いていても、片方の士気は下がりもしない。チームが勝つことが自分の価値も上げることにつながるととらえて最善の準備をしてくれる。自分の価値、日本の価値を上げるという思いを選手が持てなければ、どれだけ監督がけしかけたところで組織としてマックスの力は出せない」

「選手には、とがったままでいてほしい。『俺が一番』というとがった個性を持った選手たちがチームのために戦うのが理想。最初から仲良くなるのが最優先では、メリットがない」という

――もしも選手が増長したら? 有能だがチームの調和を乱しかねない存在と、仕事はそれなりでも規律は守る選手と、どちらを選ぶ?

「状況次第。変に縛りつけずに許容範囲を持ってあげたい。みんなの輪にいつも入るわけではなくても、チームとして機能し、結果を出すのなら認めなければ。能力が突出した選手に周りが合わせるということはあっていい。例えばメッシ(アルゼンチン)はそういう存在かも。彼はチームのための振る舞いもできるはずだけれど」

「ただしピッチに11人がいて、1人がみんなを不快にさせたり機能性を失わせたりすることがあるなら、私は10人の方を取ると選手には伝えている。存在や活動がチームのフィロソフィーに沿わないのなら、結果を出していても外す、とも」

「日本代表として重要なのは、みんなと協力してお互いがつながり、察して助け合えるところ。タフに最後まで粘り強く戦い抜く、それは日本人にメンタリティーとしてある、ならではの強み。その姿を表現しようと常に言っている」=敬称略

 

もりやす・はじめ 

1987年、長崎日大高から日本リーグのマツダ(現J1広島)に入団。日本代表でW杯米国大会アジア最終予選の「ドーハの悲劇」などを経験し、2003年限りで引退。監督として広島でJ1優勝3度、日本代表では21年東京五輪4位、22年W杯カタール大会16強。

 

「チーム日本」の極限化に貪欲だからこそ

一口にプロサッカー監督といっても、臨機応変に采配を振る戦術家や熱血モチベーターなどタイプは様々だが、監督が選手を教え導くのが一般的な関係だ。「選手から学ぶ」と言い切る森保監督のスタンスは極めて珍しい。それは謙虚さより、貪欲さの表れだろう。
最先端の理論を吸収したいという向上心に加えて、チーム強化につながるなら何でも利用しようということ。代表チームは通常10日間程度の活動が2、3カ月に1度しかない。代表監督にできることは多くない中、選手が体験しているハイレベルな日常を余さず強化に生かす方針は理にかなう。

選手の自尊心もくすぐりつつ、リーダーシップよりもフォロワーシップでチームを動かす。その手綱さばきで突出した戦果を上げている。世界一という目標に私心なく全力を注いでいることが見えるからこそ、選手も迷わず「自走」できる。

 

 

 


多様な観点からニュースを考える

森幹晴 弁護士・東京国際法律事務所 代表パートナー

ひとこと解説

サッカー日本代表の森保監督のお考えがよく表れた好インタビューと思う。会社や組織の指導的立場にある方全てに学びのある内容だろう。真骨頂はモノ言う部下も大歓迎というくだり。ある選手のベンチ(監督)から「もっと指示が欲しい」発言は波紋を呼んだが、森保監督は「問題ない。むしろ、そういう選手がいてくれないと困る。」と話す。戦術は監督の専権と突っぱねる監督もいると思うが、森保監督は、監督としての考えは持ちつつ、世界トップリーグで活躍する選手から、よい提案は取り入れて変えられるものは変えていく、という姿勢。監督としてのプライドが邪魔をする人もいる場面と思うが、森保監督のお人柄のなせる業であろう。脱帽である。 2025年1月

 

 

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