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中国経済を劣化させる情報統制

 

 

中国経済の信頼性が大きく揺らいでいる。正確な情報が提供されなくなっていることが事態を一段と悪化させている。不動産市場の深刻な不況に加え、8月にはサービス業の減速を示す統計が出た。消費者の不満が高まっている。多国籍企業は記録的なペースで中国から資金を引き揚げており、海外の中国ウオッチャーは成長予想を下方修正している。

北京市内で習近平氏の動静を伝えるニュースを流す大型スクリーン。政府の情報統制が強まり、投資を引き揚げる外国企業が増えている=AP

 

この悲観的な雰囲気は建設途中で放置された住宅や不良債権などの現実の問題を反映している。しかしそれだけでなく、中国に関する情報への不信感の高まりも影響している。政府が統計を改ざんし、微妙な事実を隠蔽し、時に非現実的な経済政策を提案しているという見方が広がっている。

 

不透明性が悪循環を招く

情報の不足は悪循環を招く。経済の脆弱性が高まると当局が情報の統制を強め、不安感が増大する。これは単に信頼の循環的な問題ではない。中国は数十年続けてきた限定的な情報自由化を後退させており、新産業の力で経済を再建するという目標の実現が困難になる恐れがある。中国はかつてのソ連と同様に、強権的支配は不自由なだけでなく、非効率でもあることを示す例になりかねない。

習近平国家主席のもとで検閲が強化されたことは広く知られている。ソーシャルメディアのアカウントへの監視が強まり、政府関係者は外部との率直な議論を避けるようになった。学者は監視を恐れ、ビジネスに携わる人たちも中国共産党のスローガンを復唱している。

そうした動きと並行して、統計データが消える事態が発生している。特に共産党に不都合な統計数値の場合に顕著だ。

若者の失業が深刻化すると失業率の数値が「改善・最適化」されて過小報告された。国際収支統計の数値も不明瞭になり、米財務省を困惑させている。中国の株式市場への海外からの投資資金の流入の減少に注目が集まるなかで、8月19日には毎日の流入額の公表が中止された。

こうしたことが積み重なり、経済を制御するために必要なデータが見えにくくなり、民間部門が適切な決定をすることが難しくなっている。公的部門も同様だと思われる。

 

歴史の教訓

20世紀半ばの歴史を振り返れば、今起きている変化の重みがわかる。1930〜40年代の全体主義をみた哲学者カール・ポパーや経済学者フリードリヒ・ハイエクなどの自由主義思想家は、経済的成功と政治的自由は密接に関連していると主張した。権力と情報を分散することは、専制政治を防ぎ、無数の企業と消費者がより良い決定をする助けとなり、生活の向上に寄与すると考えた。

ソ連の崩壊は彼らの考えが正しかったことを証明した。政治的支配を続けるためソ連の指導部は徹底的に情報を統制した。それは激しい抑圧を伴うとともに、経済から価格のシグナルを奪い、虚構の世界を築き上げた。最後には指導部すら状況を正しく把握できなくなってしまった。

90年代後半から2000年代にかけて中国がより開放的になるなかで、指導部はソ連の過ちを避けつつ統制を維持しようとした。企業活動をはじめ経済や科学に関する専門的な情報は今よりずっと自由に流通していた。中国の上場企業はニューヨークの投資家に情報を公開し、科学者は海外のチームと新たな研究の成果を共有していた。

技術の進歩は、当局に世論をより詳細に検閲する手段を提供した。インターネットは厳しい監視下に置かれながらも禁止されることはなかった。

中国の最高指導部は状況を把握するために様々な措置をとった。記者や官僚が指導部向けに内部資料を作成する「内参」と呼ばれる中国に古くからある制度が活用された。1989年に民主化を求めるデモが北京の天安門広場で起きた際、指導部はこうして最新情報を入手していた。

テクノユートピア思想を信じる忠実な共産党員はビッグデータと人工知能(AI)がこの仕組みを推し進め、社会はパノプティコン(すべての囚人を常時監視できる円形刑務所)のようになり、ソ連が実現できなかった高度に中央集権的な計画経済が可能になると考えた。

中国では経済が高度化し、柔軟な意思決定の重要性が高まるなかで、情報統制が強まっている(3月11日、北京で閉幕した全人代)=ロイター

しかし、この部分的に開放され極めて効率の高い国を目指すという中国の国家ビジョンは、実現が疑わしくなっている。恐怖がまん延し、国家安全保障が経済に優先される状況で、共産党は情報への介入を制限する能力も意志も持たないことが判明した。

今では、金融政策の文書や国内大手銀の年次報告書が「習近平思想」を掲げている。平凡な海外の経営コンサルタントもスパイ扱いされている。経済が高度化し、柔軟で複雑な意思決定の重要性が高まっている状況で、このような事態が起きているのだ。

 

統制の広範な影響

その結果、個人の自由が明らかに後退している。部分開放の路線を撤回した中国は、より抑圧的な国になっている。多くの市民は今も自由主義的な考えを持ち、議論を好むが、意見を表明するのは私的な場に限っている。彼らは直接的に共産党を脅かす存在ではない。

情報の欠如は他の面でも脅威となりうる。価格の指標性が薄れると資本を正しく配分することが難しくなる。今は中国経済にとって微妙な時期だ。労働人口が減少するなかで経済成長を維持するには、生産性の更なる向上が必要であり、資源の効率的な活用が不可欠になっている。

安易な融資と建設業への依存から脱却し、革新的産業と個人消費に経済の軸足を移す必要がある。電気自動車や半導体などに投資が向けられているのはそのためだ。投資の決定が誤った需給データに基づいていたり、補助金や利益に関する統計が隠されていたりすれば、産業構造の転換が成功する確率は低くなる。

 

課題解決に欠かせない情報

中国擁護派の人たちは、主要な政策決定者が今も経済運営に必要な情報を入手していると反論するだろう。だが習氏がどんな統計や報告書を目にしているか誰も正確には知らない。また、公的な情報がなくなれば、民間の情報も歪曲(わいきょく)され、精査されなくなる可能性が高い。習氏の重要政策の一つが失敗していることを示す文書に署名したがる人はいない。

20世紀半ばの専制政治の恐怖を経験した自由主義思想家は、情報の自由な流れが意思決定を向上させ、重大な過ちが起きる可能性を減らし、社会の進化を後押しすると考えた。一方で、情報が抑圧されれば、そこに権力が発生し、腐敗の源にもなる。時間がたてば、ゆがみと非効率は拡大する。

中国は大きなチャンスを手にしていると同時に膨大な問題も抱えている。将来の課題に適切に対処するためには、市民社会、民間部門そして政府が十分な情報を得ている必要がある。

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